気合って居合いと違うの?


あははははははは……
へんてこな始まり方ですみません、どうも笑いがおさまらなくって……
ちょっとがらの悪いふりをして、論理の穴を開けようとしたのですが、まさかここまで豪気に引っ掛かってくれるとは、思ってもみませんでした
まだまだ、人を観る目がありませんね、私は……『気合と居合を一緒にしないで頂きたい。』って書いてあったのですが私は同じモノだなんて書いてないし「気合い」という言葉すら使っていないと思ったのですが、あの人の「特殊な脳」では書いてあるように認識したのでしょう
そうでなかったら、「剣気=気合」「闘気=気合」「殺気=気合」のどれかがあてはまったのでしょうね(「すくない」って書いて違う風に解釈する人間も居ればこういうのも居る、世の中に変なのはたくさん居るって事で納得しておきましょう)
 
まあいいか、ネタを提供してくださった事ですし、使ってあげないと怨まれてしまいますね

<閑話休題> 一応、「気合」「剣気」「闘気」「殺気」「居合」の意味を書きだしましょう 自分の書いた物を引用するのは気が引けますが
「居合」について書いた物(小さな誤解は大きな間違い(居合))を引っ張ってきて『「気合」と「居合」が同一のモノ』であると書いてありそうな所を探してみましょう(以下引用)

居合


先に書いておきますが、「リインカーネイション」と同じ様に、これも続くかもしれませんので、その点はご容赦ください
さて、本題に入りましょうか

ここでは「居合」を例にして話を進めていきます
皆さんは、居合が隙の少ない剣術だと思いますか?
よく、隙のないものだと思っている人がいますが、それは大きな間違いです
では、なぜ、あのような剣技が生まれたでしょう
実は、あれは、人の心理をよくついたものなのです
球技(特に個人技)をやった事のある方ならわかると思いますが、隙のありすぎる所にはどうも責め込めないと思います
それと基本的には差がないのです
しかし、「闘気で責め込めない様にしてるんだ」とか言う人がいる事にはちょっと首を傾げてしまいます
そもそも、武術の究極は、無になる事です、したがって、「闘気」とか「殺気」を出している様では、まだまだひよっこなのです
だから、「殺気でひるませてやった」とか言う人に対しては、 や〜い、ざこっぱち!! と言っても文句は言い返せないのです(ちなみに、そんなものでひるんでしまう方にも言ってやってもO.K.です)
私は、二人ほど言ってやりたい人を発見しましたが、あなたは言ってやりたい相手を見つけましたか?
あの人が思い込みそうな所の色を「こういう風に」に変えてみました
しかし、「気合」という言葉を使っている所はないようです
これで、ますますあの人がなぜそんな事を書いたのかがわからなくなってきました
本当に「居合」をやっていたのかすら、疑わしい状態です
まさかとは思いますが「前世で」とかじゃないでしょうね
逆にそうだったらこのちぐはぐな行動も説明がつきます(ついたからどうだというわけじゃないんですけどね)
とりあえずは、違いも説明できた事ですし、今回の目的は達成できたんじゃないかなと思います
そうそう、違う意味で突っ込んだ内容の方は「思い込みは力なり?」にあります